Kind Of Blue | Miles Davis
菊地成孔
やはりここは、マイルス・デイヴィスの『カインド・オブ・ブルー』を挙げておきます。
世の中には株価というものが存在し、例えば「なんか今、マイルスっていいよね、きてる」みたいな言い方するじゃないですか(笑)。一時期マイルスの株価はそうやって上昇し、今は最安値を更新している状態。
まず、混沌としている音楽というのは一番拒絶されやすい。整理されている情報の方が、自分の体に合わなくても一応入ってくるんですよね。マイルスはもちろん『Pangea』も最高ですし、ドープでイルな『Get Up With It』は凄まじいアルバムです。でも、エレクトリック・マイルス辺りを古典に括って「今聴け」というのはさすがに無理があるんじゃないかな(笑)。逆に、あの辺りのアルバムは混沌とし過ぎているので「あ、いいね」と感覚で聴かれて終わってしまうかもしれない。
これもさっき言ったけど、「ノスタルジー」というのは一種の鬱病というか。元々は十字軍がかかったと言われていますよね。要するに、遠征中に故郷が懐かしくなって、戦えなくなってしまったらしい。今は、「昔を懐かしんでほろ苦い感覚に浸る」行為という風に解釈されていますが、一種の病理状態のことではある。で、それを使えば音楽は何度でも楽しめるわけです(笑)。でも、僕らが今回やるべきなのは、「ノスタルジー」を使わずに聴き込むということ。そこが大切です。ノスタルジーを使えば、どんな音楽でも聴けてしまいますからね。そうじゃなくて、音楽そのものにちゃんと対峙する。そういう意味でも、古典を繰り返し聴くことには大きな意味があると僕は思うんです。